日経のGlobal Economics Trendsというコーナーに、ノーベル経済学賞受賞者をあてるという記事が出ていました。

記事によると、2018年にローマー氏とノードハウス氏の受賞をツイッター上で”予言”し話題となった慶應義塾大学酒井教授が今年のノーベル経済学賞(ちなみにノーベル経済学賞は通称ですが、便宜的に。)をUCバークレーのデービット・カード氏であるという予測をされているようです。
記事ではまた、氏の論文として1993年の「Minimum Wages and Employment: A Case Study of the Fast Food Industry in New Jersey and Pennsylvania」をリンク付きで紹介していました。この記事では、カード氏の上記論文をざっと読んでみて、その内容について要約したいと思います。
(※専門外の人間ですので、誤りがあればご指摘下さい。)
カード教授”Minimum Wages and Employment: A Case Study of the Fast Food Industry in New Jersey and Pennsylvania”の内容
まず、こちらが原著のリンクになります。

以下に本論文の主張するところを箇条書きで要約します。長いと感じた場合は太字の箇所だけでもOKです。
前提条件
- 1992年4月1日、米ニュージャージー州は最低賃金を1時間あたり4.25ドルから5.05ドルに増加させた。この法律の影響を評価するために、ニュージャージー州とペンシルバニア州(注:ニュージャージー州はニューヨーク州の南隣でペンシルバニア州はニュージャージー州の西隣)の410件のファーストフードレストランを、最低賃金の上昇の前後に調査した。
- 最低賃金の上昇は景気後退期に発生した。州経済が比較的健全で、民主党が州議会を管理していた2年前に法制化さた。法律の施行の時までに、ニュージャージー州の失業率は大幅に上昇した。そのため、賃上げは好景気が原因で起きたとは考えにくい。
- ニュージャージーは比較的小さな州であり、経済は近くの州と密接に関連している。ペンシルベニア州東部のファーストフード店の管理グループは、ニュージャージーのレストランと連動するものと考えられる。したがって、ニュージャージー州内の賃金の変動により、ニュージャージー州の高賃金および低賃金の店舗の経験と、ペンシルベニア統制グループの有効性を比較できる。
- 最低賃金の上昇(1992年2月と同3月)の前に行われた最初のインタビューから、7-8ヶ月後(1992年11月と同12月)まで、ほぼ100%の店舗を追跡した。店舗の閉鎖に関する完全な情報があり、分析では閉鎖店舗での雇用の変化を使用している。
結果
- 従来の経済学のセオリーでは、最低賃金の引き上げは雇用主の利益に悪影響だとして雇用を減少させると言われていた。しかし、ペンシルベニア州の店舗と比較して、賃上げ後のニュージャージー州のファーストフード店では、雇用が13%増加した。
- 検証のため、当初は高い賃金を支払っていた(そして新しい法律の影響を受けなかった)同じニュージャージー州の店舗での雇用の伸びを比較したところ、最低賃金の影響を受けなかった店舗は、ペンシルベニア州の店舗と同じ雇用成長率を示しましたが、賃金を上げなければならない店舗は雇用を増やした。
- この調査の結果として、最低賃金引き上げ後、ニュージャージー州のファストフード店ではわずかながら雇用の増加が見られた。一方で、店舗の閉鎖は観測できなかった。さらに、ニュージャージーでは、メニュー単価の増加が見られないのにペンシルベニアに比べてファーストフードの食事の価格が上昇しており、最低賃金上昇の負担の多くが消費者に引き継がれていることが分かった。
最低賃金と生産性、雇用について
以上にカード氏の論文を要点だけ抜粋いたしました。論旨としては、90年代までの、「最低賃金引き上げは雇用にマイナス」という常識を調査によって逆であると証明したということです(ただし、ファストフード店といういわゆる単純作業に近い仕事で低水準の賃金であるという前提は無視できませんが)。
また、下記リンクの”The impact of the National Minimum Wage on employment”という2017年の論文では、数百の論文をメタ分析(注:複数の論文の結果を横断的に検証すること)によってもともと最低賃金が設定されていた場合、最低賃金の水準を引き上げても、総じて雇用が減少することはないと断じています。

私は最低賃金の引き上げには大筋で賛成派なのですが、この問題に対して丁寧な議論と周到なデータで論じているのが、下記、デービット・アトキンソン氏の「日本人の勝算―人口減少×高齢化×資本主義」です。
日本人の勝算―人口減少×高齢化×資本主義(デービット・アトキンソン著)

詳しくは是非、同書を読んでいただきたいのですが、大筋としては最低賃金引き上げによる正の効果を論じつつ、生産性の低い企業と経営者を淘汰し、日本全体で高付加価値な労働と、労働に対するモチベーションを高めるべき、という話かと思います。
いま、多くの人が知るように日本人の所得格差が広がりつつあります。最低賃金の引き上げにより、国のボトムラインを引き上げる一方で、ブラック企業と呼ばれる従業員を搾取するような経営が少しでも減ることを願ってやみません。
カード氏の論文は今日の日本に対しても大きな意味を示すのではないでしょうか。
今回は以上です。お読みいただきありがとうございました。
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